〈シリーズ:1〉「自分を表す 言葉 が増える」

※こちらの記事は2013年5月に執筆したものを2018年に微修正したものです。

 

かつて私は、“自分を表す言葉”を持っていませんでした。
長らく、持っていませんでした。

話をすれば先に他者のことを、まるで自分のことがごとく口に出していました。
どこからか拾ってきた情報や話を、あたかも自分からはじき出したかのように語っていました。

自分のことを聞かれたり、どんな風に思うのか、感じているのか、突っ込まれたりするたびに、急に自信を失い、それを明かされまいと誤摩化しながら反応していたものです。

そんな風に自分の奥底でくすぶってる問題を棚上げして、だましだまし暮らしていた私。

 

ところが、30代に入ってまもなく、人間関係や恋愛、仕事、お金もろもろが破たんし、自分の力ではどうしようもなくなるところに出くわしました。

ある世界で“底つき”と言われるものです。

(今おもえば、“底つき”は1度ではなく、違う形で2度目にも出くわしていた。もしかしたら3度目もあるかもしれない。というか、そんなものは「底つき」というのでしょうか〜?)

それからの私は、どうにもこうにも自己に向き合うしか無くなり、いわゆる「自己回復」の路を辿り始めました。

 

表現アートセラピーとの出逢い

 

当時アートセラピーを学び始めていた私は、人さまの癒しに関わる前に『自分の癒しが必要だ!』と、心理療法・カウンセリングに通ったり、自助グループの助けをかりながら、学びもほそぼそと続けていきました。

この世界に足を踏み込み10年がとおにすぎましたが、かつて「ものごとが続かない」と言われ続けてきた私が(細々とでも)ひとつの世界に居つづけているというのも不思議な話です。

ともあれ。

私はじょじょに、本当に少しずつ、「自分を語る言葉」をおぼえ始めたのでした。

「自分が主役の人生脚本を再構築」の始まりです。

 

 

しばらく経ったころ、私はある臨床心理(心理セラピー)系の知人から表現アートセラピー ―創造性に開かれるプロセス』(誠心書房,2000)という本を紹介してもらいました。

人間性中心への理解にもとづくパーソン・センタード カウンセリングを立脚した高名な心理学者カール・ロジャーズの娘であるナタリー・ロジャーズ氏が書いた本。

(わたしにとっては「パーソンセンタード表現アートセラピー」のバイブル☆)

その翻訳をされた1人が、後に私が「パーソン・センタード表現アートセラピー」を学ぶために関わりを持つことになる小野京子さんです。

 

私は、この『表現アートセラピー』という本に目を通すうち、だんだん身体中が熱くなり、私の身体そのものが本の中に入ってしまうかのような勢いで、表現アートセラピーに取り憑かれてしまいました。

(※18.06.09追記:なんだか大げさな書きっぷりですが、これを描いた当時はうまく言葉にできず、こんな感じだったのです)

 

ほぼ同時期、思えばこれも不思議なできごとなのですが、ナタリー・ロジャーズ博士が日本でワークショップをやるという情報を伝えてくれた人がいました。

私は、ほかのワークショップに参加しようと考えてた矢先で、行かなかったのです。

トラウマ後遺症の回復過渡期な部分も残っており、まだ自我が不安定な時期でもあったので、その後なにをどうしたかも、実はおぼえていません。

確かなのは、私はまだナタリーさんに会ったことがないということ。

(※18.0609追記:ナタリー・ロジャーズさんは2015年10月に逝去されました。会えずままになってしまったことが残念でなりませんが、ナタリーさんのパーソンセンタード哲学はもちろん「クリエイティブ・コネクション」というすばらしい概念と伝え続けた情熱は、わたしの中に今も育まれています)

 

そんな状態でありつつも、通信制大学に6年も在籍していた私は、その間に自主的なアートセラピーの学習グループに属し、学びや交流を深めたり、ステップアップとして「表現アートセラピー研究所」にて『パーソン・センタード表現アートセラピー』のワークショップや講座を受け始めました。

そしてついに、2007年、ファシリテーターのトレーニングコースを受講し始めたのでした。

 

このコース(※) での体験は、私の生き方・在り方に大きな変容をもたらしたと同時に、自らが元々持っていたエネルギーを改めて開花させ、さらに育んでいくパワフルなものでした。

1週間の合宿(リトリート)形式で、パーソンセンタード表現アートセラピーの体験と、提供していくためのトレーニングを行います。全6回のみならず自主的に再受講しちゃうほど、このコースは特別なものでした。
充実という言葉を超え、自らの深い部分とつながりながら本来の自分に立ちもどります。たっぷりと受容と自由に包まれながら「癒し」に至ると同時に、創造性が高められるコースです)

 

表現アートセラピーで「自分のことば」を紡ぎだす

 

表現アートセラピーでは、「セラピー」というとおり、アート表現・創作を誰かのためにするのではなく、自分自身の「今ここ」を表現します。
こころと身体を使って、たましいで感じたままに描いたり、動いて表現してみたり、立体造形してみたり、声や音で鳴らしてみたり
……します。

また、あらわれたものを文章を創作してまとめたり、言葉をつづったり、自分以外の人や動植物やモノになりきってみたり……することもあります。

必然的に「自分のこと」が中心になります

 

他者のために表現することが一時的にあっても、それすら自分自身の身体を通り、自らと共鳴して自身の糧になるのです。
さらに自分自身の中で再構成されたものが、また他者へのギフトとなることもあります。

そんなようなワーク(試み/体験)をグループでやったあとは、必ずシェアする時間を持ちます。
このシェアの中では、周囲の人や情報、他者を主語にしたものではなく、自分「わたし」を主語にして「自分の体験」を話すのがメインです。

 

 

 

 

この一連のアクティビティを重ねるごとに、自分自身がなにを感じ、なにを必要とし、どう在りたいかなどを、だいぶん自己認知できるようになってきました。

同時に、それらを「言葉ではない表現」で表すことで、意識上では出てこなかった想いもよらない言葉も生まれました。

もちろんこの言葉たちは「自分:わたし」を表す言葉で、それ以前より深みをもち、具体的に自分に寄り添った言葉として生まれてくるものでした。

 

そこで気づいたことは、人は、言葉で分かりあおうとするけれども、言葉はさまざまな表現の中のほんとひとつでしかないということ。

 

人は古代から、弔い・祝いや情報伝達・コミュニケーションで、踊り舞い、唄い、音を奏で、描いたり飾り付けたり掘ったり積み重ねたり造形したり、捧げたり籠ったり、何者かになりきったり祈ったり…さまざまな「アート(アーツ)」を通して生きてきた。
それらは代々さまざまな形で引き継がれ、現代では「伝統」や「古典」などとして継承されている。

 

つまり、私たちのずっとずっと奥には、これらの表現エネルギーがすでに備わっているということ。

イロイロやってみることは自分をよりイキイキとしたものにし、世界観を拡げ、大きな気づきをもたらし、より創造的になれる。

自分自身が(潜在的な)自己と結びつき、そのプロセスからドンドンと言葉も生まれてくる。

 

 私が表現アートセラピーを通して得たこと。助けられたこと。

 

その1・「自分を表す言葉が増え、他者と関わるときの言葉が増えたこと」

 

〔続く……〕

 

(初版 2013.0516, 修正加筆 2018.0612)