感情コントロールせずに豊かな表現力を育む

 

『感情をコントロールする方法』とは、よく見聞きするトピック。

例えば「怒り」が起きたとき、その怒りは「上手に抑えるもの」という文脈で語られることが多いですね。

「感情は適度に出して、できるだけ波風を立たせないようコントロールしていくのが良好な人間関係を築くコツです!」というような指向です。

ところが……

 

ウマイコト感情処理できることは稀(まれ)なのよぉ~。

なんていう声が(秘かに)聞かれることがあります。
あるいは、

 

バシッと処理してスッキリしたはずが、またイライラ出てきた!

というようなセリフも、よくお見かけします。

(かく言うわたしもちょいちょいあります苦笑)

 

名高く著名な先生や、たくさんの人たちが注目している人気メソッドの通りに「感情コントロール」を試みたり、必死で考えを改めてみようとするも……

 

う~ん、上手くいかないよ~~。

と、そんな正直な声を表に出すことすらはばかれるような空気感もあったりなかったり?!

 

……あれれ? もしかしてまた気持ちを抑え込んでる?

ああ、けれど、「感情をコントロールできること」はこういうことなのよね?
コレで良いのよね? よね?……ね?!

(うーん、なんだかモヤモヤ。ゆううつ。うつうつ)
(よく分からないけれど、何だかしこりのようなものが残っている、気がする。自分の奥に)

 

というか。

 

□ そもそも「感情をコントロールする」ってどういうこと……?

 

「感情をコントロール」という時、「怒り」や「イライラ」にフォーカスしてることが多くないですか。

感情には「喜び」の類もありますが、うれしい気持ちをコントロールする、などとは(少なくともわたしは)聞いたことがありません。

また、「悲しい」とか「さみしい」などの感情もあるのですが、これらはまるで“腫れもの”を扱うように、なんとなく距離を置いて触れないようにしてる印象もあったりなかったり……。

 

閑 話 休 題。

 

ともあれ今日も、突発的に起きた「怒り」や、思いもよらない否定や非難で「悲しみ」に包まれて、けれどうまく表現できずに、もやもや。

それらを勢い表出すると、周囲との関係がギスギスしてしまいそう(不安)。

とくに、家庭内や友だち関係、職場・学校、ご近所さんでは要注意!

(ん? とりまく環境全部じゃないか〜)

自分だけ不利な扱いをされたり、余計に拗れたり、仲間はずれにされて孤立するのはカンベン願いたい~うんぬんかんぬん……ぐるぐるぐr………

 

と、こんなことが(実は)日常的に繰り返されていませんか?

日常化しすぎて麻痺している方もおられるかもしれません。

と、問うてるわたし自身も、同じような記憶がたくさんある苦笑。

 

ここで少し、わたしの体験をお話しさせてください。

 

Long Long Ago 20年くらい前のこと……わたしは年がら年中、人との関わりや自分の状態にモヤモヤを抱えて暮らしていました。

もちろん楽しいことや友人との有意義な時間もありましたし、若いころは目標もあってみなぎっていました。
なので、気になることはあれど流し流して、とにかく欲求を満たすことに躍起になっていたのです。

それらは多分に、理想的でない自分を棚上げし足りないと思うところを穴埋めするような消費思考でした(振り返り)。
自分では、それがベストだと信じて疑わなかったため、正直な気持ちは二の次でした。

 

ただ、純粋な気持ちを抑え込んでいたため、時に爆発してしまったり、ふさぎ込んで周囲を戸惑わせることも。
当然、人間関係はギスギスします。

自分の奥ではスッキリしない「何か」がいつも横たわり、そのことに薄ら気がついてはいました(振り返り)。

 

そんな日々が長年つづいた末、激情に翻弄し共依存関係にあった恋愛が破綻したのをきっかけに、他の人間関係まで崩壊するということが起きました

精神的に参って動けなくなり仕事もできず、引きこもり独りきりでどうにもならず、“底つき”したのです。

具体的にどんな風にすごしてたのか思い出せないほど、抜け殻の廃人のようになっていました。

 

来る日も来る日もさめざめと泣くか、放心状態で気がつくと外は暗くなっているとか……。

今おもえば重い「鬱」状態で自分の感情がちゃんと認識できていませんでした。
過覚醒や解離症状も出るなど(詳細省略)、とにかくまぁ生きている実感がない状態が続いたのでした。

 

 

□ “底つきのあかつき”に「感情」についての気づきが起きた

 

そんなことが続いたある日、ポカポカと温かな春の日差しに気がついて(どうやら春先の出来事だったらしい……て他人事のようにw)、急に外に出てみることにしました。

落ちるところまで落ちて何もなくなり、この頃には逆に意識がスッキリしていたのかもしれません。

 

近所にあった小高い丘に設えられた公園。
一度も足を運んだことがなかったのに、わざわざ入ってみたくなり、ベンチに座ってぼんやり。
向こうで遊ぶ子どもを眺めていました。

すると、また気づきが起きたんです。
(子どもの遊ぶ姿になにか刺激されたのでしょうか)

 

わたしはずっと自分の気持ち・感情(および身体)に無頓着で、粗末に扱っていたんだな……と。

より正確に言えば、自分の正直な気持ちと、理想ばかりを頭の中で追いかける矛盾を、うすうす気づいていながら放置していた

物心ついた頃から、親や周囲の大人や友達にまで、距離を置かれたり、からかいの対象にされたり、鬱憤を晴らすために乱用されたり……

という悔しさが、歳を重ねて行動範囲を広げるにつれて、大きくなっていたのですね。
だから、理想の自分になること以外は、自分が許せなかったのです。

 

わたしは当時、まるで世界のいろんなことを知ったかのように、自分のことはもちろん他人のことすら「分かっている」ふりをして強気で立っていました。

けれど、本当は恐れでいっぱいだった(苦笑)。

いつも周囲の評価にビクビクして、ニコニコ外面よくしていた

 

そう、わたしは「繊細」(だった)なのです。
いろんなことに敏感(だった)なのです。

だからなおさら、人からの支配や社会の波に飲み込まれないように強くあることがベストなのだと思い込んでいたのです。

自分の繊細さはムダで余計なもので、感情はコントロールできることが「自律した大人」なのだと信じて疑いませんでした。

しかし多くを失って気づいたことは、まったく逆のことだった。

 

「人からの支配や社会の波に飲み込まれないように」ということに執着しすぎて、自分の純粋な気持ちや思いを無下に扱っていた。

それは、自身の生の営みを否定していることになります。

先ずもって「自分の軸/自我」が育っていないことを、このとき初めて自覚したのでした。

これらに気づいたときの落胆といったら!

肉体がポロポロと崩れ落ちて消えてしまうような衝撃でした。
まさに、人生観を大きく変えるできごとで、世界観や自分自身への捉え方が一変しました。

 

□ 「感情」は表現してよいのだ

 

ただ、そのあとも、ときどき豊かな出会いや喜びはあるものの、たびたび挫折や苦しみ悲しみの深淵にぶつかりました。

無理もありません。
30年以上もずっと前述のように信じ込んで、自分の本当の気持ちを放置したまま生きてきたのですから、すんなりいかないのも当然です。

長年しみついた「習慣」は、そう簡単には剥がれないのです。むぅ。。

 

そんな不安定すぎる日々を繰り返し、気が狂いそうなほど(ある意味 本当に狂ってた)困窮状態をなんどもなんども体験した暁に見いだしたことは

「感情(気持ち)は表現してよい」

と言うこと。

「感情(気持ち)は、表に出してあげなければ、一生自分を苦しめるものになってしまう」

ということ。

頭の中だけでコントロールして抑え込もうとすることは、自分に嘘をつき続けることだ。

 

けれどもし、自分に正直な気持ちを表して、相手に嫌な印象を与えたとしたら、どうだろう……。
逆に自分がまた傷つくようなことがあったとしたら……。

 

“底つき”をきっかけに自分の状態があからさまになって、一生懸命、考えました。
本もたくさん、むさぼるように読みあさりました。
自分の気持ちを(発狂しそうになりながらも)見つめる旅(探求作業)が始まりました。

 

さらにさらに、ある日ふと気がついたのです。

 

「嫌だ」「傷ついた(辛い・悲しいets.)」等々という「感情」が自分の中でちゃんと機能しているということに。

ちゃんと「生きている」「感じることができている」。

そうか。「嫌な印象を持った」「傷ついた」という気持ちを持つことができているんだ。

大切なのは、その気持ちを伝え合うということだ。
互いを知りあう、理解を寄せ合うということだ。

もし歪みが起きても、そこから関係を創造しなおしたり、変えていくこともできる。
だから、感情そのものを消す必要はないし、感情自体が悪いのではない

 

たとえば、相手に嫌な印象を与えたとする。
そしたら、その「嫌な印象を与えるに至った自分の気持ちや行動はなんだったのだろう」と見つめてみればいい。

「自己理解」というやつだ。

その過程で気づきが生まれたら、それは「学び」になる
学んだら、修正していくこともできる

 

あるいは。
自分が傷ついたり、受けとってもらえなくて悲しみにくれたり、悔しさで引きこもったり……。

そんなときも、「悲しみ」「悔しさ」という気持ちを感じきる
可能ならば、信頼できる人に、その悲しみや悔しさをありのまま受けとめてもらう

自分でもそのままを受け入れる。

「自己受容」ていうやつかな。

自分で自分を受け入れて、他者にありのまま(の気持ち)を受けとめてもらう体験は、今ここで自分が生きていてよいのだと安堵と希望を持てる。

 

そしてそれらは、どんどん「変化」してゆくものだ。

豊かな「変化」につなげてゆけるものだ。

瞬間瞬間に“風景”は変わる(こともある)。
“観え方”は変化してゆく(ことも多い)。

 

たとえば「怒り」が起きたとき。

その怒りの気持ちを感じながら、自分で観察してみる。
すると、「自分には怒るという感情を生み出すエネルギーがあるんだな」などという自分なりの発見につながったりする。

それをさらに感じきる(受けとめてもらう)と、前向きな力に変化することもある。

こちらに自己体験の一例を記してます~
怒りのエネルギーを活かす(セルフアートセラピーのプロセス)」

 

 

 

□ 「こうなったらしめたもの!」

 

自分の感情に気がついていれば、むやみやたらに「怒り爆発」しなくて済む。
自分に力があったのだという肯定感も生まれて、希望をもって次のことに取り組める。

 

「感情」ってすごいな!

そんな「感情」を持っている自分って、なかなか深みがあっておもしろいじゃないか。

これからも大切にしよう。自分の「感情」。

 

 

……ということで。

「少し」といいつつ、予想以上に「わたし個人の体験話」が長くなりました滝汗

が、これには背景理由もあります。

 

先日からご案内しているオンライン講座
自分の本当の感情に気づき豊かな表現力をとりもどすレッスン

 

これ実は、上記の自己体験から始まり、20年余「感情/気持ちの表現」について探求してきたことから派生しています。

自分の感情を整理するために実際にチャレンジしたこと、試みて実証してきたことだけでなく、こころの仕組み(心理に関する理論や概念)や臨床/セラピーを学び実践するなかで理解できてきたことも含まれています。

 

そして、自分が体験してきたことを、

気持ちをうまく出せずに悩んでいる人
感情をコントロールしようとするも上手くいかず諦めかけている人

と分かち合いたい! という思いが、ずっとありました。

また、わたしと似たような体験をされている方が想像以上に多いなぁと感じ、わたしの体験プロセスがお役に立てるなら、どんどんシェアしたいという思いも強くありました。

 

なんとなく、いらだちやモヤモヤが続いていて、整理する試みをしたり諦めたりを繰り返し、疲れて投げやりになってるけど、本当は、なんとなく苦しい状態にある……。

という方も多く観てきています。

なんとなく、なんとなく……というのは、とても大切です。
無意識領域/潜在的なところから浮かんでくるものは本質を表していることが多いからです。

 

このレッスンは、潜在領域にある本質を見いだす「体験」にもボリュームおいています

感情の問題は、頭の中でイメージしているだけでは追いつかないことが多いです。
なぜなら、気持ちを記憶しているのは「身体」だからです。

……と言っても意味不明ですね汗。

 

前に「こころと身体」に関する気づきをエントリしました。
長いので(笑)お時間ありましたらお読みになってみてくださいませ!

レッスン内容にも、身体とのつながりについて見つめていく過程があります。

詳しくはこちら

 

以下の方に、お役に立てるレッスンです。
  • 気持ちを上手く伝えられず、もやもやしている
  • 自分の感情について理解したい
  • 気持ちを自分らしく表現できるようになりたい
  • もっと自分を好きになりたい
  • 表現の層をふやしたい
  • 人との関係をよりよく築くヒントが知りたい
  • 自分に正直にイキイキとすごしたい
  • もうごまかしごまかし生きていくのはイヤだ!
  • 本当はいつもイライラしている自分がキライ(どうにかしたい)
  • 感情をうまく表せない人を支えたい

……などなど「感情」周辺のトピックに関心ある方へ。

厄介ながら味わい深い「感情」について個々の状況に応じてアレンジもしながら体験を通して学べるオンラインレッスン。

*「得られること」を より詳しく読む!

 

日時は、候補日からの選択制にしています。
ご自身のスケジュールに合わせて取り組めます。

春夏秋冬の始まりのこの時期にスタート、オススメです◎

(画面を通じてになりますが)
ご一緒に「感情表現」を学び体験する豊かな時間です。

お会いできることを楽しみにしていますね☆

 

このレッスンに価値を感じていただけましたらシェアやご紹介していただけると嬉しいです。
もちろん、あなた様と学び体験をご一緒できることも喜びです。

人々の価値観が多様化し始め、関係性の概念やシステム(構造)も大きく変化してきてる今こそ、自身の軸を(バージョンアップし)しっかり創造していくチャンスです☆

【お申し込みはこちら】

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